とりのすけ_てきとう人間が頑張って生きてます

派遣社員とりのすけの「てきとうに生きてる記録」。書評・副業・どうでもいい話など、てきとーに続けられる話をまとめてます。

キリンを作った男【書評】天才マーケター前田仁から学ぶ成功体験を捨てる勇気

 

キリンを作った男


キリンを作った男」には、マーケター前田仁の考え方・戦略と同時に、隆盛を誇った日本企業の光と影を描いた優れたビジネス書です。

前田仁という一人の天才の軌跡を通じて、その内実を紐解いていきましょう。

 

 

前田仁とは何者か

キリンビールハートランド」「一番搾り」「淡麗」「グリーンラベル」

これらのヒット商品を次々と生み出した天才マーケターが前田仁です。

だたアイデア力があるのではなく、社内の既得権益とも戦ってきた歴史を持ちます。

時代の変化を先読みし、時には左遷という代償を払いながらも、企業を変革し続けた男の記録です。

ja.wikipedia.org

栄光と挫折、そして復活の物語

殿様商売キリンの黄金時代とハートランド革命

 

1980年代のキリンは、シェア6割超の圧倒的王者でした。

キリンラガーだけで市場を支配し、「営業をしなくても売れる」殿様商売が続いていました。

しかし、この成功が組織を内向きにし、活力を奪っていたのです。

そんな状況に危機感を持った前田が最初に手がけたのがハートランドプロジェクト

これは従来の大衆向けラガーとは対極の、個人向け商品でした。

売り込む」のではなく「見つけてもらう」商品として、直営ビアホールで現代アートなどと共に提供される、時代を先取りした革新的な取り組みでした。

 

 

スーパードライの衝撃と首位陥落の悲劇

 

 

1987年、アサヒビールスーパードライを発売。

関東3万店に同時配送するという前代未聞の手法で市場に投入されました。

苦みが少なく女性にも好まれる味で、「夫のためのビール」から女性の「自分のためのビール」への転換を促しました。

スーパードライの脅威は社内の一部では察知しましたが、社内では些細なこととして完全に無視されていました。

しかし、シェアを伸ばしていく。そこでアサヒビールが売った次の一手が、

生ビールNo.1」宣伝。

これはキリンラガーの岩盤層を取り崩したいという目的がありました。

そして、その目論見にはまって?、キリンラガーを生ビール化を決定します。

これにより長年の愛飲者が離れ、多くがスーパードライに流れてしまいました。

一番搾り開発と左遷の皮肉

 

スーパードライ対抗として前田らマーケティングチームが開発したのが「一番搾り」です。

二番搾りを使わない製法はコストアップになるため技術陣は猛反対しましたが、前田の「ロングセラー5条件

  • 企業の思い
  • オリジナリティ
  • 本物感
  • 経済性
  • 親しみやすさ

に当てはまることから、押し切って開発が進められました。

結果として一番搾りは大成功

しかし、反対意見を押し切るなど、強く意見を言う前田には敵も多く、この時期に左遷されてしまいます。

営業部とマーケティング部の対立、そして前田の直言癖が煙たがられた結果でした。

そしてキリンのシェアは50%を割り込み、長年の王座から転落しました。

天才の帰還と発泡酒市場制覇

 

 

バブル崩壊後、規制緩和により価格破壊が始まります。

ビールの販売自由化によって、販売ルートが多様化していったのです。

この変化に対応するため、新社長の佐藤は前田をマーケティング部長として呼び戻しました。

前田に与えられた使命は、急成長する発泡酒市場への参入

わずか4ヶ月で開発された「淡麗」は、薄さを逆手に取ったネーミングと大麦使用による本格感で大成功を収めました。

続くグリーンラベルでは、アメリカのライトビールトレンドを日本版にアレンジし、「美味しいけど健康志向」というコンセプトで健康ブームを先取りしました。

 

 

前田仁のマーケティング哲学

なぜ彼は、今でも売れ続け得ている商品を開発することができたのか。

若いころはそれなりの失敗をしてきたそうですが、実際問題20年以上のロングセラーをいくつも開発するなど、なかなかできるものではない。

本書を読んで私なりに感じたことをまとめます。

成功体験を捨てる組織変革力

前田の最大の武器は、既存の成功体験に固執しない柔軟性でしょう。

過去に縛られていることの怖さを知っていたように思います。

現状維持をしていては、時代に取り残されていく

今のAI全盛時代には、特に顕著です。

そして、大企業においてこれが難しいのは、決定するまでの多くの人を介するからです。

その中で、変化が遅れ、誰かが反対すると進めにくい。

このような構造にあります。

そうすると無難な意見しか出てこない。

このような状況がキリンにとって悪だと見抜いていたのかもしれません。

また、子会社の出向を認めるなど、組織(人)の多様性にも気を配っていましたし、新商品のアイデアを得るために芸術家と話したりするなど、多様な意見を欲していました。

過去に固執せず、多様な意見の中から最適解を選ぶ。

一言でいうとこういうことかもしれません。

時代を読む5つの原理と現代への応用

前田が予見した「5つの時代原理」は、40年経った今でも通用するアイデアです。

  1. 個性の確立→ 自分らしさを大事に
  2. 能動的情報・判断力 → 個人が自ら情報を求める時代になる
  3. 人間の感性の再開発 → 体験価値の重視
  4. 新しい本物志向 → オーセンティシティの追求
  5. レス・イズ・モアミニマリズムの浸透

時代の変化をきちんと読み取ること。

これが重要です。

彼はそれを、日々の暮らしの中で、消費者としての体験を重視することで得ようとしていました。

この本の中で書かれていたのは、役員になっても「電車通勤したい」と黒塗りの車での役員出勤を断ったことです。

彼にとって電車での通勤は、まさにマーケットを知るための大事な時間。

時代の変化を読み取るための時間だったのです。

感想・考察:現代への教訓

なぜ前田は左遷されたのか?組織の闇と光

前田ははっきり言ったらマーケティングチームのエースでしょう。

実績としては。

しかし彼は左遷されています。

前田の左遷は、日本企業の典型的な病理があったように思います。

成果を上げているにも関わらず、組織の調和を乱すとして排除される構造。

これは現在でも多くの企業で見られる現象です。

個人的には

「男の嫉妬」

という一言で片づけられるような気がします。

「あいつは俺より目立っている」

「いけすかん」

といった感情。

当然私にもないわけではない。

しかし、特に力・権力を持った人間に多いような気がします。

成功したからでしょう。

自分に自信があるんです。

それは悪いことではないが、人が成功したことを喜べる人物になりたいものです。

現代のマーケターが前田から学ぶべきこと

前田の手法で特に印象深いのは、「時代を読む」能力の高さです。

個性化、本物志向、健康志向など、彼は時代のトレンドを正確に予見できているように思います。

なぜでしょうか?

前田いわく「半歩先」を読む能力が重要らしい。

一歩先では早すぎて市場がついてこず、同じタイミングでは差別化できない。

この絶妙なタイミング感覚こそが大事だというのです。

また、前田の「お客様が欲しいと思う商品を作る」という基本姿勢は、顧客中心主義の原点を示しています。

技術ありきでも、自社の都合ありきでもなく、徹底的に顧客視点で考える。

この姿勢は、現代でも変わらぬマーケティングの本質です。

 

これが本当にできているのか、自問自答をする必要を感じました。

正直、結構難しい。

というより正解が分からないからこれで合っているのか分からないという感覚が正しいかもしれません。

お客様と自分をどう線引きするか。

時代に流れを自分の思い込みを排除してどれだけ正確に把握できるか。

この辺のやり方を知りたいものです。

色々試して経験するしかないのでしょうか…

変化を恐れる日本企業への警鐘

前田の物語は、日本企業が陥りがちな「成功体験の罠」を鮮やかに描いています。

キリンラガーの成功に酔いしれ、変化の兆しを無視し続けた結果が首位陥落でした。

現代の日本企業も同様の危険にさらされています。

過去の成功モデルに固執し、DX(デジタルトランスフォーメーション)やサステナビリティといった新しい潮流への対応が遅れる企業が後を絶ちません。

とはいえ仕方ない面もあるような気がします。

いくらなんでも変化が早すぎます。

正確なトレンドを見極める前に、とにかく突っ込む。

これくらいのスピード感が必要になっていると感じます。

前田が示した「成功体験を捨てる勇気」こそが、現代の日本企業に最も必要な資質かもしれません。

安定を求める文化と変革への意志。

この両立こそが、これからの企業経営の核心となるでしょう。

特に「変革がなければ生き残れない」。

そういう時代になっていると思います。

AIが出てきて、それがより顕著になるでしょう。

以下に変化に柔軟についていき、最新の情報をゲットし、それに自分を載せることができるか。

情報を取得まではしつつも、実装するまでには自分もなかなか至らないです。

色んなAIがあることを知りつつも、それにチャレンジできていない。

時間がないと言い訳し、スマホをいじっている時間はある。

この辺をどうにかしたらいいのかな、と思いました

 

この本からは、個人の才能の物語であると同時に、組織変革の教科書でもあります。

彼から学ぶべきは、技術的な手法だけでなく、変化を恐れずに本質を見つめ続ける姿勢なのです。