コテンラジオで、トルコ建国の父:ケマル・アタテュルク編を聞きました。
2回聞きました。
トルコの建国の父と称されるムスタファ・ケマル・アタテュルク。
第一次世界大戦後、オスマン帝国が解体される中で、彼は近代国家トルコをどうにかして作り上げます。
ケマル・アタテュルクの概要
ムスタファ・ケマル・アタテュルクは、1881年に生まれ、トルコ共和国を建国し、トルコの初代大統領として国家の基礎を築いた人物です。
彼はオスマン帝国末期の混乱の中で軍人として頭角を現し、ギリシャ軍を撃退してトルコ独立戦争を勝利に導きました。
1923年にトルコ共和国を宣言し、近代化を推し進めるためのさまざまな改革を断行しました。
ラテン文字の導入や、宗教と政治の分離(世俗主義)を掲げた彼の政策は、今でもトルコ社会に大きな影響を与えています。
ケマル編・感想
ケマル、戦争超強かったっすね。
ぶっちゃけ30年生きてて存在も知らなかったんですが、知らないけどすごい人がいるもんだ、と思いました。
戦いの天才とか、小学生くらいならマジあこがれの人物。
んで、とにかくヨーロッパが第一次~第二次世界大戦で大変なことになっていて、アラブ諸国とヨーロッパの中間、オスマン帝国はまさにそのあおりを受けることになるという状況です。
ぶっちゃけ、近代化に遅れてかなりきつい状況でした。
アラブ諸国やオスマン帝国の方が発展していた時代ののちに、産業革命で一気に状況が変わります。
昔メチャクチャ発展したがゆえに逆に技術変革に遅れてて衰退していく
という流れ、世は無常とはよく言ったものだなあ、という感じでした。
今さ変えているものが、今たたえられているものがいつまでも続くとは限らないし、たぶんどこかで滅びるよね、というのがこの歴史を見てわかる。
そして、何か1つを為そうとすると、何かを削るというか、どうしても犠牲になる部分は発生してしまう。
けどやらなくちゃ、
みたいな事案が多すぎて、工場勤務を思い出しました。
機械が壊れた。生産はできるだけ止めたくない。
でも生産しなきゃ⇒せや、人力でどうにかしよう
スケールは全然違いますが、これに似てる感じだなあ、と思いました。
誰だって別に人力でやりたいわけでもないし、もっとスマートに、何なら生産を止めてやりたい。
だけどいろいろなものを総合するとやらざるを得ない。
時には無理をしてでも。
みたいな思考回路と似てるなあ、と感じてしまいました。
ケマルは、絶望的状況をどうにかするっていう感じの人でした。
なんなんだろうな。
いざという時に、責任を負って、仲間の命を背負って戦えるか、強気で行けるかって結構難しいよね。と思います。
そんな人間になりたいな、と思ったりする今日この頃。
でも、絶望はしちゃだめだな、どんなときにもチャンスはあるんだろうな、と思いました。
そんなポジティブな気持ちになりました。
更新が良くとまるこのブログ。
ちゃんとがんばろ。